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ロックンロール・タイムマシン


やあやあ、凛華です。今年の夏の思い出でも、少しばかり。

7/28から7/30までの3日間、フジロックへ行って来ました。
1日めは完全に1人だったけれど2日めは苗場食堂のステージ前でばったり友人と会え、3日めは毎月一緒にお酒を飲むような仲で同い年の女の子と合流しずっと一緒にあれこれ見て、ビールはトータル16杯飲み、寒かったけれどとても楽しいしあわせな3日間でした。ヒロトくん骨折ニュースが飛び込んで来てショックだったけれど。骨折、おまけに鎖骨と肋骨でまだよかったよ。

フジロックについて、いくつか掻い摘んでブログに書こうかと。
1日めに一番印象に残ったのは、やっぱりROUTE 17 ROCK'N'ROLL ORCHESTRAだな。ゲストはトータス松本、仲井戸"CHABO"麗市、加山雄三。
トータスもなにより若大将も見られて本当によかったのだけれど、何と言ってもチャボ氏である。
彼は「この曲をやれと言われて……忌野くんの好きだった曲をやります。えー、忌野くんはフジロックが大好きでした。そしてフジロックも、忌野くんが好きでした」「よければ一緒に歌ってくれ」。
そしてタイマーズ版のデイ・ドリーム・ビリーバー。感極まってぼろぼろと泣いてしまい、でも幸せな気持ちで一緒に歌った。
そういえば1日め、入場して最初に聞こえた曲が清志郎の「田舎へ行こう!」で、ああ清志郎は確かにフジロックに居たのだなあと思ったね。
その次は「この曲をやらなければ」とロック・アンド・ロール・ミュージック。絶対ぜったい、Mr.ロックンロールの曲はやると思ったんだ。でも思わずキャアと叫んでしまったね。もう嬉しくて嬉しくて、めちゃくちゃに踊ったよ。
そして最後、ゲストがふたたび全員出てくる。まさかな、やるといいけどどうかな、でもチャボでチャックベリーを演ったしな、と思っていたら始まったのは「ジョニー・B.グッド」!
なんてこった、私はジョニー・B.グッドが本当に本当に好きなんだよ。あんなに完璧なロックンロールのイントロを私は他に知らないね。
全員がギターソロを弾きこなすシーンは今年一いい景色だったと、私は断言する。
ジョニー・B.グッドでノレないロックンロール好きなんていないのである。私はそう断言する。

そして2日めはゴールデン・カップスと小沢健二をみたよ。2日めは一日中雨でとても寒く、なかなかビールが進まなかったという少し残念な記憶がいちばんの印象。でもね、苗場食堂の前でマキタスポーツの開始を待っているとき、「今何処にいる?私はここにいるよ」と友人からメッセージがきたの。それが私の真後ろから撮った写真で、思わず振り向いて声かけてしまったね。好きなものが一緒の友達は約束しなくても会えるっていうのを、私はこれまでもこれからもなんども体験するんだろうなと思ったね。僕の友達を紹介します、マーシー!っていう話。

そして3日め、さっき書いた毎月一緒にお酒を飲む同い年の女の子、Kちゃんと入り口前で合流してビールを飲んで、川で遊んで、たくさん色々なバンドを見る。
T字路sは声が太くて伸びやかだった。ふわふわと空を泳ぐしゃぼん玉とともに飛んで行くタエちゃんの声を聞いて、ステージの名前が「フィールド・オブ・ヘブン」だったということも相まって「ああ此処は間違いなく天国だなあ」と思ったんだよ。
そして夕方は苗場食堂ステージで、苗場音楽突撃隊を見る。このバンドはね、ロックンロールオーケストラの面々が、また新たにゲストを呼んでやるんだよ。リハーサルでジョニー・B.グッドをやって、Kちゃんが「あっ!」と言って私を笑顔で見る。実は、フジロックの少し前に一人で行ったロックンロール・バーで、チャック・ベリーをかけてもらって大号泣したというエピソードが私にはあるんだ。めそめそ鼻水垂らしながら泣いて、そのロックンロール・バーが撮影に使われた音楽雑誌の表紙にいるチャック・ベリーを撫でながら「なんでチャックベリーは死んじゃったのかなあ」などと呟いていたら、オーナーがそのたばこくさい雑誌を私にくれた、という大したことのないエピソード。彼女はそれを知っていたから、私を見て笑ったんだな。
もちろんもう私も泣くことはしなくて、にこにこの笑顔で「Go!Go Johnny Go!Go!」のコーラスを歌う。ああ、あの瞬間、ほんとうに楽しかったな。
そして本番では直前にレッドマーキーステージで演奏していた、グレイプバインのボーカル田中くんが苗場食堂のステージに上げられる。そこで彼が歌ったのは、言うまでもないジョニー・B.グッド!!私は狂喜して歌ってぴょんぴょん跳ねた。Kちゃんももちろん楽しそうにコーラスを歌って右手を挙げていた。3日間で、こんなにチャック・ベリーの曲に会えるなんて。それだけでも私はフジロックに来てよかったよ。

その後は2人でレッドマーキーステージへ移動。お目当てはTHE STRYPESである。このバンドは彼女と2人で「しばらく見てなかったよね!でもやっぱり見に行きたいよね!よーし、ストライプス行こう!きゃっきゃっ」という感覚で、ほんとうに軽い感覚でレッドマーキーへ向かったんだ。
そうしたらさ。

沼にドボンと落ちた。

沼に落ちる、っていう表現をインターネットではするけれど、ほんとうに沼に嵌るようにずぶずぶと、けれどもそれは一瞬で。ストライプスに撃ち抜かれてしまった。
彼らは平均年齢が私たちよりも若いバンドで、ぱっと見は可愛いアイルランドの男の子たちなんだよ。けれどもチャック・ベリー、ドクター・フィールグッド、ボ・ディドリー、マディ・ウォーターズ、ローリング・ストーンズで育った彼らのロックンロールが、かっこよくないわけがない。
ストライプスはただ格好良いだけでなく、オーディエンスを楽しませる方法、魅せる方法、それらを知っていて、それを全て見せつけてくれたという感じがしたね。
メンバーも若いし、今は2017年だし、感性も若い。けれども私たちの大好きな古いロックンロールとおんなじ格好良さ、楽しさだった。ロックンロールは時代なんて本当に関係ないんだ、と思ったよ。
終わったあとは完全に全てをストライプスに持っていかれて、Kちゃんと2人で「ストライプスかっこいい!なにあれ!最高!」「楽しませ方わかってる!」「記憶が数年前で止まってたけどあの成長っぷりなんなの!」「ボーカルとベース可愛すぎるんだけどあれなに!」「今年ストライプスツアーやるよね!」「うんやる!秋だよね!」「行きたい!」「行こう」「行こう」「今からチケット2枚取りまーす!」「はーいありがとうございます!」などと興奮しながら2人でビールとおにぎりを食べた。

そのあとは2人でG&G ミラーオーケストラを見る。エルヴィス・プレスリーに会いに行ったの。
監獄ロック、ラブ・ミー・テンダー。他にもたくさん有名なエルヴィスのナンバーをエルヴィスものまね役者が歌う。彼は本当にプレスリーみたいだったよ。私たちはあの瞬間、間違いなく50年代、60年代の真っ只中にいた筈だ。


そして夜遅く、知らないお兄さんに出口で写真を撮ってもらってから、Kちゃんとハイタッチをして別れる。また来月飲もうね、来年はフジロック3日間行こうね、と約束をして。
体はもうへとへとなんだけれど、本当に天国にいたような気分で幸せで、ああウッドストックに行ったヒッピーたちはこんな気持ちだったのかしらとバスの中で思った。

きっとロックンロールは、時代なんて飛び越える。チャック・ベリーがいたその時代に行きたいと思ったらいつだって行ける。14歳になりたいと思ったら、いつだってなれる。タイムスリップなんて容易いことだ。それを教えてくれたのは間違いなくロックンロールで、それを思い出させてくれたのは間違いなくフジロックだった。
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.27 2017 裏側の世界 comment0 trackback(-)

十四才の私と十四才のマイヒーロー

やあやあ、凛華です。
ブルーハーツのアルバム全タイトルと、マーシーのソロアルバム2枚、夏のぬけがらとHAPPY SONGがアナログで発売されましたね。

アメ横の老舗レコード屋で、彼らの1stアルバムであるTHE BLUE HEARTSを2万8千円で買ったその2週間後、ブルーハーツのアルバム全てがアナログレコードで発売されると知ったときの私のショックは相当なものであった。いま思うとこんなことは恰好の笑い話なのだけれど、その瞬間の私にとっては大事件だった。あまりにもショックで、twitterでも話せなかったよ。でも此処で言っちゃう。
結局1stからラストアルバム「PAN」まで、新たに購入しましたよ。愚かだねえ。何故1stも買ったのかは……わからないな。ちなみにもちろんマーシーのソロアルバムも買ったよ。
家にレコードが着いたその日、早速開けて母に「1枚目はどれが良い?」聴くと「ヤングアンドプリティ」と言われたのでまず2ndを聴いた。そのあと1stを聴いて、3rdを聴いた。
「いいね、いいね!私ブルーハーツすっごく好きなんだあ」「知ってたよ」という当たり前の会話をしたあと、「次は何が良い?」と問うと「凛の好きなやつを聴きなよ」と言われたのでいちばん好きなアルバムである7th「DUG OUT」をターンテーブルの上に置く。慎重に針をおとすと、プツリという音とともに針がレコードの溝を滑り出した。DUG OUTの1曲めは「手紙」。壮大な前奏が始まった瞬間、うわあ、と声が出た。

すごい。

まず最初の感想はそれだけだった。その後やや掠れたブルーハーツのヒロトくんが歌い出す。ああもうなんだこれ、って思った。
「なにこれなにこれ!すごい!すごいね!」と興奮して母に言う。母は笑って「そっか、良かったねえ」と言ってくれた。「いちばん大好きで、いちばんよく聴いていたからかな?なんかもう、すごいっていう感想しか出てこない」「うわあ、ブルーハーツが居るよ、最高じゃんこれ!」などと繰り返し母に言っていた気がするけれど、正直興奮と酔いであんまり覚えていない。けれどもとにかく、すごい、って感じたんだよ。

そのあとも順番に他のアルバムを聴いて、「ああこの曲、中学の同級生に教えたら好きだって言ってくれたなあ」「寝る前情熱の薔薇聴かないと眠れない時期があったなあ」とかいろいろ個人的な話を思い出した。それはほとんどが中学生の頃の話で、私の中学時代はほとんどブルーハーツと一緒だったんだなあと改めて知る。本当に今更の話だよな。
そうやってブルーハーツをレコードで聴いていろいろ思い出したり考えたりしているうち、自分の思考回路や興奮が、完全に中学生の頃の自分のものになっていることに気がついた。
飲んでいるのは焼酎ハイボールだし、体は完全に22才なのだけれど、間違いなくその瞬間の私は十四才だった。

話は飛んでしまうけれど、昨日地元のレコード屋でハイロウズの「十四才」のシングル盤を買った。もちろん今朝、起きていちばんにかけました。
あの日の僕のレコードプレーヤーは少しだけいばってこう言ったんだ、いつでもどんなときでもスイッチを入れろよ、そん時は必ずおまえ十四才にしてやるぜ
ああ、こういうことか、と思った。

ロックンロールを聴いて十四才になるっていうのは、十四才のころを思い出したり十四才に戻った気持ちになるのとはちょっと違うんだ。
思い出したり、戻ったような気持ちになるんじゃない、まさしく「十四才になる」んだ。少なくとも私にとっては。
それをずっと知っていたヒロトくんは、それを教えてくれたヒロトくんは、やっぱりマイヒーローなんだよ。マイヒーロー甲本ヒロトは、いつだって十四才だ。

またね。
.22 2017 甲本ヒロトや真島昌利 comment0 trackback(-)

まるで恋のように

やあやあ、凛華です。きょうは絶対ぜったい面白くない話だよ!!とても現実的で、凛華ではなく、凛華を演じている人間の話です。

私はね、Twitterでは自分のことをクソニートと形容しつつも、なんとか国家資格を取得して働いているのだよ。
大きな夢とか目標とか持って成った仕事ではなかったけれど、というかみんなこの仕事に夢とか理想とか持っているのかな?まあ興味ないし知らないからいいのだけれど、とにかくなったからには少しだけ頑張ってみようと1年間生きてきたのである。
そしてふたたび春が来て、少しだけ私は大人になった。あんまり変わらないけどさ。
今年一緒に相棒としてはたらく予定の先輩は、15年くらい上の男性なのだけれど、彼は夏頃仕事を辞めてしまうそうだ。
それを知った私に対し、彼はこう言った。「俺もうあんまり時間ないから、きみにあげられるものは全部あげていくつもりだから、色々言うかもしれないけど嫌にならないでね」。
相棒として私を育ててくれる筈の先輩がいなくなってしまうのは悲しいけれど、先輩のその言葉が嬉しくて少しだけ泣きそうになった。
先輩はなんせ15年くらい仕事経験のあるベテランだから、常に私と一緒に働けるわけではなく、その日の責任者等を任される立場にある。だからきょう初めて先輩とペアで働けることがわかったとき、すごく嬉しかったと同時に緊張した。
おまけにきょうはすごく不条理な業務の割り振りかたをされたから、これはひどいよねえどうしようもなかったんでしょうか、と先輩と言い合いつつもげらげら笑いながら仕事をこなすことができた。
「凛華さん今日の飲み会行く?」「行きまーす」「早く乾杯したいね」「絶対美味しいですよ」「俺たち今日頑張ったねって乾杯しようね」「たのしみです!」とか言いつつ汚い仕事を処理し、「俺つぎ○○さんの記録するね」「私××さんの記録書いてます」「おー!じゃあ終わりじゃない?」「やりましたね!」とかいいつつ終わりが見えたことに対し周りが引くくらい声をたてて笑った。

飲み会では先輩と早速乾杯し、先輩にいじられつつも「俺のペアが」と私の話をしてくれたことを嬉しく思った。
先輩と相棒になりたいです、と告白したのは間違いなくわたしだけれど、昨年はほとんど先輩と関わる機会がなかったせいで、先輩がどんな人かあんまりわからなかったんだよ。けれども今日先輩と1日一緒に仕事をして、その後の飲み会でも近い席でいろいろ話ができて、私は先輩と相棒になりたいと言ってよかったと思った。
そんな私は明日も先輩と16時間以上をともにすることになる。先輩に「凛華さんはザルなんだねえ、明日酒を持ってきていいよ!」と言われたけれど、流石に冗談だとわかっているのでやめておく。
先輩にはたくさん迷惑をかけるだろうけれど、夏に先輩がいなくなるまでおしえてもらえたことはぜんぶ吸収したいと思う。
先輩と一緒に働けるのが嬉しいし、先輩に声をかけてもらえると心がワッと明るくなる。
まるで恋のようである。でもこれが恋でも愛でもなく、憧れであることを私は知っている。憧れと言っても、女子中学生がサッカー部のキャプテンに抱くようなものではないことも私は知っている。
けれども恋のようである。恋のように先輩のすべてを吸収してわたしのものにしたいと思う。もちろんこれは先輩そのものを吸収したいわけではなく、そういう表現方法です。
まるで恋のように、先輩がくれるものやわたしが見た先輩のぜんぶをわたしの中に吸収して、先輩がやめるときに成長したねと言われたい。

ああ駄文を書いてしまった、けれども書きたくて書きたくてたまらなかった!こんな自慰行為みたいな文章、いつか消すこととなるのだろう。
この文章は、凛華とは関係のないフィクションです。

またね。
.27 2017 日常 comment0 trackback(-)

拝啓、ミスターロックンロール

チャック・ベリーが死んだ。

私が彼の訃報を聞いたのは、徹夜明けをした朝10時ごろのことであった。
パソコンの前でドロドロと溶けながら疲労していた私は、休憩のつもりで携帯を触っていて、彼の死を知った。
それまで私は今日はケーキを買って帰ろう、なんて呑気なことを考えていたのに、その途端目の前がチカチカしてしまってあまりにもショックで、予想外なほど衝撃を受けている自分自身にも吃驚しつつ、ふらふらしながら最寄駅まで帰った。
ケーキなんて買うような気分になれず、レコード屋さんに立ち寄って店主とチャック・ベリーが亡くなったという話をして、「Back To The Futureでは彼はマーティの真似をしたんだよな」「もうどんどんロックンローラーがいなくなってしまう」などという会話をした後、リトル・リチャードのレコードを買ってから、ビールとカレーを食べて帰った。

影響というほど立派なものではないけれど、それ以外にちょうど良い言葉がないから影響と呼ぼう、彼が私に与えた影響は、ほんの一瞬だった。けれどもその一瞬はとてつもなく大きくて、彼のジョニー・B.グッドのリフは、私の世界を一度はひっくり返した。私は彼の曲をギターで練習した。当時の私には難しかったけれど、ていうかたぶん今でもきちんと練習し直さなきゃ弾けないけれど、彼の痺れるロックンロールは甘くて辛くて、とても楽しかった。

チャック・ベリーの死を受け入れて普通のふりをしていても、やはり彼の死はぴたりと私のそばに張り付いて静かにそっと私の心を蝕んでいく。たまにその侵食に耐えきれず、涙が滲む。

たぶん私の心が乾くまでは、もう少しだけ時間がかかるでしょう。
それでもやっぱり、ミスターロックンロール、貴方にはありがとうと言いたい。貴方がいた世界は、間違いなくキラキラと輝いていて、とても楽しい。ミスターロックンロール、貴方は死なない。
.20 2017 未分類 comment0 trackback(-)

ロックンロールは捨てない

やあやあ、凛華です。相も変わらず意味の無いことを書き連ねるだけの人間です。

先月、5-6年ぶりに会った友人とお酒を飲んだ。彼はひとつ年下の男の子で、彼と同い年の友人を通じて知り合った子。私たちが高校生だったころは1ヶ月に1ぺんくらいのペースで、お互いの文化祭へ行ったり3人で御茶ノ水や秋葉原で遊んだりしたのだけれど。私の受験が始まって、それが終われば彼らの大学受験があり、自然と遊ぶことはなくなってしまった。
そんな彼とすごく久しぶりに会って、シンプルな感情でいうと、とても嬉しかった。あのときバッセンいったよねえ、俺たちの文化祭に来てくれたときにジェンガしましたよね、などと懐かしい話をして過ごした。いくつかの記憶を共有していたことと、数年経ってそれを話せることが嬉しかった。そして彼と私が出会うきっかけとなった共通の友人の少年の話もした。彼は、あの少年がギターをやめてしまったんですよ、と私に言った。彼は、あの少年は完全にやめたわけではないけれど、今は別に好きなことがあるからバンドはやっていない、と言った。
少しさみしいことだけれど、とても自然だと思った。
ロックンロールというのは、私たちがロックンロールを選んだわけではなくて、ロックンロールが私たちを呼ぶのだと思っている。そのタイミングは本当に人それぞれで、ちなみに私は突然強引にロックンロールに手を引かれたわけではなく、やつはいつの間にか私の隣にぴったりといたという感じだったな。まあ私の話はいいや。
ロックンロールは私たちの意思とは関係なく降ってきてくれるけれど、ロックンロールが必要なくなってそれを捨てるのは自分たちの方かもしれないな、と思ったんだよ。たぶん、ロックンロールを必要としなくなるっていうのは健全な成長過程のひとつなんだろう。だからきっとあんなに大好きだったロックンロールがそこまで大切ではなくなって、他にもっと大切なものができるということがあるんだよ。私の周りにも少なからずいたな。その人は本当はあんまりロックンロールが好きではなかった、ということではないと思う。そのときは確かにロックンロールが本当に好きで、それはおそらく間違いのないことなんだろう。けれども大人になってきて背も伸びて、遠くまで見渡せるようになると、ロックンロール以外のものも見えるようになるんだろうな。
もちろん、大人になってもロックンロールを好きなことが、馬鹿だということでは決してない。ロックンロールを聴くと、楽しいしワクワクするし、嫌なことばかりのなかでも頑張ろうって思えるからね。私は14歳のときからずっとそうしてきたんだ。自分がどんなに愚か者で要領が悪くて負けてばかりでめそめそしてばかりでも、ロックンロールを聴いていたからここまで生きてきたんだ。ロックンロールを捨てずに大きくなったという選択を、ガキ臭い選択だと私は思っちゃいない。

先日、友人が率いるバンドに入れてもらってスタジオで練習した。私は明らかに練習不足でたいへん申し訳なかったけれど、これは本題ではないので置いておく。このバンドは、私を含めて社会人が2人居て、大学生が友人ともう1人。その大学生2人のうち、友人は今年就職活動だった。スタジオの後、友人と社会人の青年、そして私の3人でラーメンを食べた。
友人は「2人みたいに社会人になってもバンドやっている人がいる、というのが嬉しい」と言った。元気が出る?勇気が出る?どんなニュアンスだったのかはもう覚えてないけれど(なんせ私はそのときビールをロング缶と中瓶飲み干し、少しばかりほろ酔いであった)、とにかく社会人になってもバンドをやっている人がいることが良いというような要領のことを言っていた。でもね、別にそんなのは決して不思議なことではないんだよな。
私の夢は、大人になってもロックンロールを楽しむことだった。甲本ヒロトの受け売りだけど、私も一生ロックンロールを楽しもう!って思ったんだ。
私が学生というモラトリアムをさっさと捨てて社会人になったのは、お金を稼ぐため。ロックンロールのためにかけるお金を稼ぐため。だから私は学生の頃よりもたくさんロックンロールのライブに行けるし、たくさんレコードやCDを買えるし、バンドだってやる。社会に入って働くというのは、決してパンクを捨てて社会の犬に成り下がることではないんだよ。やりたいことをやるための、手段でしかない。ロックンロールと比べたら、社会に入るということは私にとってはチッポケなことで、社会人になったからといって私が変わるわけではない。ロックンロールを捨てるわけではない。
社会人になっても、きみはロックンロールやパンクロックを好きで居られるさ、きっと。

変わるスピードは違うけれど、きっとロックンロールはずっと私たちのそばにいてくれるんだろうな。私たちがロックンロールと一緒に居る限りさ。

一体何の話だ。結局のところ、俺論なのさ。
今日はマイ・ロックンロール・ヒーローの誕生日!私がこんな感じになったのはヒロトくんが理由だ!

またね。
.17 2017 ブログ comment0 trackback(-)

プロフィール

凛華

Author:凛華
ひとりごと◎わたしいまおこってる

凛華に個人的連絡がある方は
cro1021(∵)hotmail.co.jpまで。
(∵)「ビコーズをあっとまーくに変えてね」

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